大陸国より島国が落着くのは日本育ちだから?

わたくし、イタリアからマルタ共和国の離島ゴゾに移住して来てからまだ3年も経っていないのですが、既に10年以上経った様な気がします。そのくらいゴゾ生活に馴染んでいます。

イタリアとマルタの違いは一体なんなんだ?

何故こんなにゴゾが好きなのでしょう?

素晴らしい風景や地域の猫ちゃん達に恋い焦がれていることも大きな理由ではありますが、それだけではないと思うのです。

だって、ミラノ近郊で生活していた頃以上に適当でいい加減な環境ですよ。

例えば、輸入食品が原材料の翻訳無しで売られていたり(スーパーの商品のほとんどは輸入品)、購入すればカビが生えていたり…(キッチンぺーパーにカビが生えていたことも)。

・・・・

なのに、目くじらが立たない…なぜなの?

gozo-sky
飛行機から見たゴゾ島。

両者の共通点

パッと浮かぶものに、

    • 外見
    • 英語のアクセント
    • ラテン気質

があります。

見た目や英語に付くなまりは、結構似ていると思います。事実、うちのイタリア人夫は、英語で話していてもマルタ語で話しかけられ「あっ、マルタの人じゃなかったのね(汗)」と、言われることがしばしば。

そして、両者ともまぎれも無く、適当でいい加減陽気で大らかそして情熱的なラテン人です。

ちなみに、このラテン気質というのは、気候が温暖になればなるほど強くなるようです。

ラテン国家と呼ばれるイタリアの中でもそれは如実で、北のミラノから南のナポリまでを車で南下すると 、「サービスエリア毎に店員さんのおしゃべりと笑顔が増え、お釣りの間違いやオーダーの取り間違いも増えていく」という、面白い現象に出くわします(笑)。

ですもの、ナポリから更に海を渡って南に位置するマルタはどうよ?そりゃもうラテンですよ!適当!!

でもね、私、適当だったりいい加減なことには大して腹が立たないのです。自分も結構いい加減なほうだから、理解に苦しまないのかなぁ(汗)。

理解に苦しんだイタリアの国民性

イタリアに住んでいた頃、文化の違いといわれる多くのことは、慣れと忍耐で受け入れることができました。

しかし中には、どんなに解っていても、慣れていても、どーにも受け入れることのできない国民性のようなものがありました。

  • そう簡単に謝らない
  • 疑い深い
  • 言いわけが多い
  • 人のせいにする
  • 空気を読むつもりがない
など。

良し悪しは別として、イタリアでは普通の行いです。ですから、私が独り苛々を募らせても、理解してくれるイタリア人などそう簡単には見つかりません。何でそんなに怒るんだ?みたいな反応です。

例えば、日本では普通の謝り方が、ある国の人達から見たら絶えがたく異様な謝り方なのかもしれません。でも、その外国の人達が「変だ!キモい!」といくら騒いだとしても、日本ではそれがスタンダードなのだから仕方がない。そういうレベルのことなのです。

食べ物が最高に美味しいとか、綺麗なものが沢山あるとか、好きな部分もたくさんあるイタリア。しかし、この「どうしても受け入れられない部分」の存在が大きすぎたせいか、ずっと居心地の悪さを感じていました。10年以上住んでいた家を、”ホテルの一室”のように感じていましたからねぇ。

まぁ、非を認めたら征服されてしまう大陸の中で領土を守っていくためには、こういう”ちょっと尖がった気質“が必要不可欠だったのかな?とも思います。いつだって、敵が四方 から攻めてくるわけですから。半島のイタリアなど、大陸側から攻められたら逃げ場がない。温和に事を運ぼうとしていたら滅亡…だったのかもなぁ。

マルタ人にも同じような国民性が見られるのか?

さて、先ほどリストアップした”私が駄目だと感じるイタリア人の行動”(そういう人が多いよ!という偏見)を、マルタ人もとるのかと思いきや…

  • そう簡単に謝らない → 些細なことはすぐに謝る。そうじゃなくてもイタリア人よりは謝る。
  • 疑い深い → マルタ島はどうだか知りませんが、ゴゾ島民は鍵を鍵穴に挿したまま平気で外出する…。
  • 言いわけが多い → イタリア人のような「自分は何も悪くない!」みたいな言いわけはしない。謝ってから、苦しい言いわけはしますけど(汗)。
  • 人のせいにする → 個人的にされた覚えがない。
  • 空気を読むつもりがない → マルタ人同士の暗黙の了解が多すぎて、こっちが空気を読めなくて困るくらい。思った以上に和の社会。

とまぁ、かなり違います

で、ですね、そのマルタ人の中にある暗黙の了解みたいなものが、たとえ自分が日本で育つ段階で吸収したものと違っていたとしても、そのものを探ろうとする意識…即ち、空気を読もうとする意識に共通点を感じます。

こういった、「空気を読んでしまう」ところは、英国領であったゆえ?それとも島国気質?

日本人は空気を読む国民といわれますが、イギリス人も負けていません。彼らは、もう遠まわしすぎて何を言ってるのか分からなくなっちゃうくらい(わからないのは私の英語力のせいか:汗)気を使い、空気を読みまくる人達です。会話中には、もちろん相槌を打ってくれます(イタリア人は相槌を打たない!)。

うーん、でも、仮にイタリアが英国に支配されたからといって、イタリア人があんなに空気を読む人達になるか?…ノーだな。「そんな面倒くさいことやってられっか!」でしょうな(汗)。

やはり、本々存在する島国気質なのでは?

自分は島国との相性が良いのかも

日本、マルタ、英国の共通点とは何か?ズバリ、島国ではありませんか!

やはり、海に囲まれていることから来る”何か”が決め手だったのかしら?

自分は、幼い頃から大陸に興味がなかったような...興味がないどころか、アジア大陸の中央に住んでいる自分を想像するだけで震えが...肌に合わないのね。

イギリスに住んでいた頃、4日間のパリ旅行から戻ってきて出た言葉が「あー帰って来た!やはりイギリスはいいね♪」ですから。パリは大好きだけど、やはり帰るとなれば大陸にあるパリよりも島国イギリス。

大体、外国に来てしまったのも、別に日本が嫌いなわけではなく、興味本位で出て行ったら帰れなくなってしまった...それだけです(汗)。

自分の中に、日本人特有の島国気質が深く根付いているせいで、何かと共通性を見出せる島国に心地良さを感じるのかもしれないなー。自分が相手に受け入れられるのかは関係なく、相手の考えが多少理解できるだけでも楽ですからね。

マルタ共和国にはIKEAイケアがない
ゴゾ島で行われる最後の晩餐~聖金曜日の受難劇