イタリアという国は、一見 ”パーっと明るい、フレンドリーな国”というステキなイメージがある。
差別なんて無さそうなフリをしている。でもねー、あるんですよ、この国にも。だって人間の集団だもの。
どこにいても、そのグループ内で少数派になれば、どうしても「される側」になってしまいがち。
差別がいけないというのは皆わかっているので、「私は差別主義者じゃない!」と言うのですが、そんなふうに断言する人に限って、言葉の端はしに、彼らにとっては当たり前の事とされた偏見が出てくるんですね。彼らにとっては”当たり前の事”だから、まったく偏見だと思っていないのが問題なんです。私は、こういった態度を目の当たりにして、「日本にいた頃の自分はどうであったか?本当に偏見を持った事は無いのか??」と、自問自答する機会を与えられました。相手の立場になって考えるという面では、本当に良い勉強になっていると思います。
さて、勉強になっているとは言っても、偏見を受けるのってキツイのです。私という個人についてどう思われても良いのですが、私が東洋人というだけで嫌な扱いを受けるのは辛い。まぁ、人が人である限り、偏見を取り去るのは難しいと思うけれど。
言葉が覚束なかったころは、差別を受けると悲しくてベッドで泣き寝入りだったのですが、今は成長しました!いや「スレてしまいました」…いや、「グレてしまいました」(笑)。
自分の気がすっきりするまで反論(噛みつきます)、もしくはギャグにします。もちろん泣きません(図太くなった)。
近頃では、一緒にいるピー太郎の方が「オイオイ、そんな、おまえ・・・」と凍りついています。一時期は、そういう人たちのことは、「心の狭い人(もしくはバカ)は無視しよう。」と努めていましたが、それでは自分の気が済まないらしく、「やってられっかよ!!」と、切れてしまったようです。
バカ相手に我慢してられっか!自分が好きなように反応すればいい。ただし、危険そうな場合はすぐに逃げろ!
これをモットーに生きています。
まあ、これでかなりストレスが減りました♪
きっと、私は切れた変な東洋人なのだしょう。でもそれは事実だから、いくらでも言ってくれ!と言いたい。



